史蹟「元興寺塔阯」への門2つ

2014年11月17日更新

奈良で寿司・和食弁当・法事料理の出前・宅配はおまかせ!甚八四条大路店の柳川です。

「今昔工芸美術館」からもう一度西へ少し戻って、
南北に通る「上街道(上ツ道)」を南下すると左側に石柱が建ち、
ちょっと奥の2つの門を入ると、「元興寺塔阯」です。

元興寺は飛鳥四大寺の1つ「法興寺」が平城京に移って、名を改め、
昔は南北4町、東西2町の境内に金堂、講堂、鐘堂等が建ち並ぶ大伽藍を誇り、壮大な寺院でしたが、
1451年徳 政一揆でほとんどの建物を焼かれ、極楽坊、観音堂、五重塔、吉祥堂、南大門だけが残り、
焼け跡に町家が建ち並び更に、1859年2月28日に毘沙門町からの出火で総高73m、
奈良で最古の五重塔、観音堂を失い、今は極楽坊だけが残っています。