国宝「盧舎那仏(るしゃなぶつ)」尊像

2014年11月01日更新

奈良で寿司・和食弁当・法事料理の出前・宅配はおまかせ!甚八四条大路店の柳川です。

749年2月陸奥国小田郡から国守百済王敬福が献じた黄金440キロで鍍金し、
大仏がほぼ完成したのは752年春、大仏鋳造 と大仏殿を建立したのは、
金知識37万4902人と役夫51万4902人、木材知識5万1590人と役夫166万5071人、総数約260万3千人です。

これら役夫の人々が大佛師の下国公麿、大鋳師の高市真国の指揮下、6年の歳月を要して、
開眼供養会は、752年4月9日に聖武上皇と光明皇太后、
娘の孝謙天皇(安倍内親王)ご臨席の下、大納言藤原仲麻呂、左大臣橘諸兄を始め文武百官が従い、
良弁僧正を始め参列した僧呂は1万人で、庶民は参列せず、開眼導師は病弱で筆も持てない聖武上皇に代わり、
婆羅門(バラモン)僧正菩薩のインド僧遷那(せんな)が、
長さ57センチ、直径4センチの極太の筆に墨を含ませ、高さ15mにも及ぶ大仏さんに目を入れました。

なお、その時用いられた筆は今も、正倉院に保管され、
数年前の正倉院展で、その模造品が展示されました。