梅田雲浜(うんびん)、義雄先生碑

2014年10月28日更新

奈良で寿司・和食・弁当・法事料理の出前・宅配はおまかせ!甚八橿原店吉村です。

大和高田市の「さざんかホール」のその東側に「梅田雲浜」の碑が建っています。勤王志士雲浜は、1815年(文化12年)に生まれ、通称が源次郎、若狭小浜藩士で、横井小楠、乾(いぬい)十郎、森田節斎(せつさい)、頼三樹三郎ら多くの志士と交り、1852年(嘉永5年)藩政に海防の建白書を出したので追放され、浪人となり、奈良県五條市の勤王学者森田節斎を頼って大和に来て、高田の豪商、木綿問屋・村島屋の縁者を後妻にしたが、1859年(安政6年)安政の大獄で捕らわれ、獄中にて病死しました。