安福寺(あんぷくじ) 平重衡の墓

2014年10月26日更新

奈良で寿司・和食弁当・法事料理の出前・宅配はおまかせ!甚八学園前店の高橋です。

本尊の「阿弥陀如来像」は東大寺・興福寺を焼き打ちにした平重衡が文治元年(1185年)6月、木津川河原で最後に拝んだ引導仏と伝えられています。
本堂は村人が平重衡を哀れんだので「哀堂(あわんどう)」と呼ばれており、200~300年後重衡を埋葬した場所に現在の十三重石塔が建てられたと言われています。

花の季節にライトアップされる山門前の桜の木は、それは見事です。
十三重石塔も桜が咲く季節が美しいです。

この世の名残に柿を食べた重衡を哀れに思った里人がその柿の種を植えたところ実の成らない柿の木になりました。「不成(ならずの)柿(かき)」と呼ばれたその木も今は代替わりし、秋になると小さな実が沢山成ります。
また「不成柿」の近くには、重衡の首を洗ったと言われる「首洗池」があります。 いずれも安福寺の西で、今は木津川堤防とJR線の脇にひっそりとあります。