織田公墓所の「五輪塔」

2014年10月06日更新

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 宇陀市の「徳源寺」の南側へ上ると、織田公墓所です。織田信雄は、1558年(永禄元年)信長の次男として生まれ、1582年(天正10年)6月2日父が本能寺の変で明智光秀に打たれると、6月15日信雄は明智秀満の守る安土城を攻め、明智の残党狩りを行い安土城天守を焼き、後に信雄は清洲や伊勢長島の城主で、1584年(天正12年)家康と結び小牧・長久手で秀吉と戦ったが勝敗は決せず和睦し、秀吉の政権下で大納言、内大臣に昇進。入道して常真、具豊、信意、信勝と名乗り、大阪夏の陣の後、宇陀松山3万余石を貰い、六男高長が赴任し、信雄は京都で、1630年(寛永7年)4月30日に72歳で亡くなりました。その子孫がスケーターの織田信成さんです。