吉水神社

2014年10月01日更新

奈良で寿司・和食・弁当・法事料理の出前・宅配はおまかせ!甚八橿原店吉村です。

「吉水神社」には源義経・静御前・弁慶等の遺品、国重文の伝後醍醐天皇宸翰の御消息紙本墨書や、他南朝諸天皇の御物、太閤秀吉の遺品、狩野永徳の障壁画、その他に古美術、古文書等が多数在り、写真は、義経の色々威腹巻(いろいろおどしはらまき)です。義経は平家を壇ノ浦で追討した後、兄頼朝に疎んじられ、1185年(文治元年)11月6日摂津国大物浦から船出し西国へ脱出したけど、暴風に遭い、主従四散し、武蔵坊弁慶、佐藤忠信、愛妾で白拍子の静御前らと、同年11月17日吉野山に落ち延び、吉水院に隠まわれたが、鎌倉の追及は厳しく、5日間の滞在で吉水院を後にして、吹雪の中を吉野の奥へ分け入りました。しかし、吉野山の奧は女人禁制で、静御前は泣く泣く義経と別れ、山下して捕まり、一方義経は、奧千本の蹴抜塔(けぬけとう)に隠れ、一夜を過ごした時、追っ手の襲撃を受け、佐藤忠信が獅子尾坂の花矢倉で防戦し、吉野一の悪僧横川覚範を倒して活路を開いて呉れたので、弁慶と共に奥州へ落ち延びました。
是非一度立ち寄ってみてはいかがですか。