宗祐寺

2014年09月28日更新

奈良で寿司・和食弁当・法事料理の出前・宅配はおまかせ!甚八橿原店吉村です。

 宇陀市の「札の辻」から旧伊勢街道「青越え道」を東へ行くと、今も昔の面影を残す町屋が並び、街道の北側奧に融通念仏宗・良栄山「宗祐寺(そうゆうじ)」があります。581年(敏達天皇10年)蝦夷数万の大軍が飛鳥に来襲し、その際、8歳の聖徳太子が墨坂の地に一時非難され、無事を得たので、同年8月奏請勅許を得て、608年(推古天皇16年)毘沙門天を勧請され、多聞院を開基して後、1131年代(天承年間)融通念仏宗開祖良忍上人が太子殺生戒のこの聖地を訪ねて融通念仏宗になり、1559年(永禄2年)織田信長の家臣服部宗祐が住職の時、信長の支援で「宗祐寺」と改称しました。
是非一度、立ち寄ってみてはいかがですか。