筒井城

2014年09月24日更新

奈良で寿司・和食弁当・法事料理の出前・宅配はおまかせ!甚八郡山店橋本です。
 近鉄筒井駅にある案内板を頼りに堀跡を辿ってみると、 内堀・外堀とも各所で分断されているが、溝と蓮池と化してはいるが、ほぼ城の外周を一周することが出来るそうです。
 本の丸の一角にある菅田比売神社脇には、水田と蓮池となっている内堀跡残る。 また、集落の中には、筒井城址の碑もあるそうで、 光専寺の北側には、外堀と僅かではあるが土塁も確認でき、この辺りが一番城の名残がはっきりしているようです。
 筒井城は、永享2年に筒井順永によって築かれ、順慶まで7代に渡って筒井氏代々の居城であった。
 戦国時代になると、信貴山城主松永久秀と筒井順昭・順慶は、大和の覇権を争う。 一時期筒井城を捨て、山中の椿尾城へ拠点を移した。 天正5年、松永久秀は織田信によって信貴山城にて爆死する。 天正8年、筒井順慶は信長より大和20万石の大名に封じられる。 この時、大和国内の城郭破却を命じられ、筒井城を廃して大和郡山城を居城としたそうです。
 こんな身近にもお城があったとは、観てみたかったと思います。