「餅飯殿弁財天社」と「理源大師堂」

2014年09月17日更新

奈良で寿司・和食弁当・法事料理の出前・宅配はおまかせ!甚八四条大路店の柳川です。

「恵比須神社」から更に西へ抜けると、商店街の西側が「餅飯殿(もちいどの)町」で、
通りの奥まった所に「餅飯殿弁財天社」と「理源大師堂」が祀られています。

895年 第59代宇多天皇の勅命で、聖宝(しょうぼう、理源大師)が、大峯山を再開された際、
吉野の山中で聖宝さんと共に大蛇を退治した箱屋勘兵衛さんがこの辺り蕗畠(ふきはた)郷に住んでいて、
吉野 郡黒滝村「鳳閣寺」の聖宝さんに会いに行く時、いつも聖宝さんが好物の餅飯を持参しました。

そこで聖宝さんは、勘兵衛さんの事を何時しか「餅飯殿」と云う様になって、
奈良町の勘兵衛さんが住んでいた所を「餅飯殿町」と呼ぶようになりました。